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福岡高等裁判所 昭和24年(控訴)272号 判決

控訴人 被告人 荒田祐仁

弁護人 大八木喬輔 三原道也

検察官 石井玉蔵関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人大八木喬輔、同三原道也の控訴趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。

第一点に対すを判断。

刑事訴訟法施行法第四条には、新法施行の際まだ公訴が提起されていない事件については、新法を適用すると規定し、同法第五条には、前條の事件について、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつたときは、簡易裁判所においては新法施行の日から一年間は、新法第二百八十九条の規定にかかわらず、弁護人がなくても開廷することができると規定する。その第五条にいわゆる前条の事件、すなはち、その第四条にいわゆる新法施行の際まだ公訴が提起されていない事件というのは、所論のように、新法の施行以前に発生した事件であつて、新法施行の際まだ公訴の提起されていない事件のみを指称するのであるか、はたまた新法の施行以後に発生した事件をも包含する趣旨であるかは、その文言自体のみからは必ずしも確定し難いものがあるので、その立法の趣旨等から合理的にこれを推断するのほかない。一般的に立言すれば、新法施行後に発生した事件を新法所定の手続に従つて処置すべきことは当然の事理であつて、特に明文を俟つまでもないところであり、ただ、新法の施行以前に発生した事件を新法施行の後に処理するにあたり、果して旧法によるべきであるか、新法によるべきであるかについて問題を残す余地があるので、経過法たる刑事訴訟法施行法はこの点に関して明文をもつて確定したものである。従つて、同法第五条、第四条にいわゆる事件は、新法の施行以前に発生した事件のみを指称するものと解すべきであり、殊に同法第五条の規定は、簡易裁判所において、弁護人なくして開廷できる事件の範囲に関するもので、被告人の利益の保護に至大の影響がある規定であるから、このような規定については、なるべく被告人の利益に帰するような解釈を採ることが、新憲法の精神にも新刑事訴訟法の趣旨にも合致する。ということもいえるので、論旨は相当傾聴すべき理由を具えているといわなければならない。しかしなおよく検討を加えて見るのに、いわゆる必要的弁護事件の範囲は新法によつて著しく拡大されたのであるが、わが国における弁護士事務所の所在分布の情況は、比較的都市部に集中していて、すべての簡易裁判所所在地に洩れなくゆきわたつているとはいい難い実情であり、新法施行と同時に新法所定の必要的弁護の規定を、簡易裁判所にも例外なく適用することになれば、運営上円滑を欠くに至ることがあるかも知れぬ事情があり、新法施行法は殊に、これらの事情を考慮に入れ、簡易裁判所においては新法施行後一年を限り、新法第三百八十九条の規定の一律的な適用を見合わせ、新法運営の円滑を所期したものであると解することができるのであつて、右の事情による新法第二百八十九条の規定の適用の一時的除外は、新法施行前に発生した事件に限局すべき理由がないのであるから、従つて、新法施行法第五条にいわゆる事件のうちには、新法施行後に発生した事件をも含むものと解して然るべきである。殊に同法第五条により簡易裁判所において弁護人がなくても開廷することが許される事件は、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつた事件に限るのであり、仮りに、被告人からあらかじめ書面で弁護人を必要としない旨の申出があつた事件についても、裁判所は刑事訴訟法第三十七条、第二百九十条により、必要と認めるときは時宜に応じ職権で弁護人を附することができるのであるから、刑訴施行法第五条にいわゆる事件のうちに 新法施行後に発生した事件をも含むという右解釈に従うことにしても必ずしも訴訟上被告人の保護を不当に制限する結果になるものとはいえない。被告人は本件について弁護人の選任はしない。国選弁護人の請求はしない。弁護人の必要はない旨の書面を、開廷前原裁判所に差し出しているので、原裁判所がその裁量により弁護人なくして開廷審判したのは相当であつて、その手続に法令違背の違法はないというべきである。この点に関する論旨は理由がない。

第二点に対する判断

被告人の経歴、犯行の動機態様、犯行後の心情、被害品の還付、家族並びに環境等諸般の情状に照し、本件については、被告人に対して今直ちに実刑をもつて臨むよりは、むしろ刑法第二十五条により刑の執行を猶予し藉すにしばらくの時日をもつてして自責反省の機会を与え、おもむろに進んで善に遷るの途を選ばせるのが相当と認められる。被告人に対して懲役一年の実刑を言渡し、執行猶予の言渡をしなかつた原判決の量刑は不当であつて、この点に関する論旨は理由あり、原判決は破棄を免かれない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条に則り、原判決を破棄し、但し本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により直ちに判決をすることができるものと認められるので、当裁判所は原判決が証拠によつて適法に認定した原判決摘示の窃盗の事実につき、刑法第二百三十五条を適用し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、犯情刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二十五条により、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄)

弁護人大八木喬輔、同三原道也控訴趣意

第一点原判決ハ憲法及刑事訴訟法ノ現実ニ違反シ且ツソノ違反ハ判決ニ影響ヲ及ホスコト明カテアル。

憲法第三十七条第三項ニヨレハ刑事被告人ハイカナル場合テモ資格ヲ有スル弁護人ヲ依頼スルコトカテキルシ、又被告人カ自ラコレヲ依頼スルコトカテキナイトキハ国テコレヲ附スルコトニナツテ居ル。

又刑事訴訟法第二百八十九条ニハ死刑又ハ無期若クハ長期三年ヲ超エル懲役若シタハ禁錮ニアタル事件ヲ審理スル場合ニハ弁護人カナケレハ開廷スルコトカ出来ナイコトニ規定シテ居ル。

本件公訴ハ起訴状ニ於テ明カテアル如ク窃盗ノ事実ニ付為サレタルモノテアルカラ前記法条ニ照シ当然弁護人ノ立会ナクシテハ開廷スルコトヲ得ナイモノテアル。

然ルニ本件記録ニヨレハ被告人ニ弁護人ヲ附シタル形跡ナク又原審第一回及第二回公判調書ノ記載ヲ見ルニ第一審裁判所ハ弁護人ノ立会ナクシテ開廷シテ居ルコトカ明カテアル。即チ右ハ被告人ニ与ヘラレタル憲法上及刑事訴訟法上ノ基本的権利ヲ無視シタルモノテアツテ固リ法令ニ違反スルモノテアル。而シテ被告人ニ弁護人ヲ附セサリシハ公判ノ審理ニ付被告人ノ保護ヲ欠キタルモノテアツテ、ソノ違反カ判決ニ影響ヲ及ホスコト明カナルハ言ヲ要セサルモノテアル。

或ヒハ原審裁判所ハ本件ニ付弁護人ヲ附セナカツタコトハ刑訴法施行法第五条ニ則リタルモノテアツテ違法テナイト云フカモ知レナイカ、同条ハ同施行法第四条ト対照スレハ、新法施行前ニ犯行カアツタニ拘ラス新法施行ノ際マタ公訴カ提起サレテイナイ事件ニ関スルモノテアルトコロ、本件公訴ハ起訴状カ示ス如ク昭和二十四年四月二十九日為サレタル窃盗行為ニ対シ提起セラレタルモノテアルカラ刑事訴訟法第四条、第五条ノ対象トナルモノテハナク、当然新法カ適用セラルルモノテアル。弁護人ノ立会ナクシテ第一審裁判所カ公判ヲ開イタコトハ之ヲ合法視スヘキ何等ノ根拠モナイ。原判決ハ此ノ理由ニ依リ破棄セラルヘキモノト信スル。

第二点本件被告人ニ対シテハ刑ノ執行猶予ヲ為スヘキ情状カアルニ拘ラス原審裁判所カ之ヲ看過シソノ言渡ヲ為サナカツタノハ刑ノ量定カ不当テアツタモノテアル。

刑ノ執行猶予ヲ言渡スヘキ情状ハ左ノ通リテアル。

(一)被告人ノ生ヒ立チ

被告人ハ二十三才テ人生ハ是カラテアル。宗像中学三年終了後海軍予科練習生トナリ海軍カラ復員後一ケ年農業ヲ手伝ヒ、其後自動車運転手トナツテ今日ニ至ツテ居ル。純真ナ経歴、生ヒ立チヲ辿ツテ居ル。

(二)初犯

被告人ニハ前科カナイ。本件カ初犯テアル。

(三)犯罪ノ動機

両親ハ福岡市吉塚平和町ニ於テ菓子中卸業ヲ営ミ被告人ハ弓削建設株式会社ノ貨物自動車運転手トナリテ、雇主ニ於テ食事ヲ負担シ被告人ノ手取リハ一ケ月五千五百円テアルカ夜具、洋服、靴等ヲ作リ又若干両親ニモ仕送リヲナシ真面目ニ生活ヲシテ居タカ一時的ノ負債(右会社ノ株式ヲ買ツタ金ヲ他ヨリ借用)ノ弁済ニ窮シ偶々人ノ噂ニ農家カ肥料ヲ欲シカツテ居ルト聞キ農業倉庫カラ肥料ヲ窃取シタモノテアル。

遊蕩ニ耽ルトカ賭博ノ元手ニスルトカ云フノテナク同シ悪事ヲシタモノノ内テモ恕スヘキ点カアル。此ノ動機カラ見テモ再犯ノ虞ハナイ。

(四)実害カ無カツタコト。

被告人ハ一物モ取リ得ス現場ニテ田中国蔵ニ逮捕セラレタコトハ田中モ面目ヲ施シ、農業倉庫モ損害ヲ脱シタコトハ結局ニ於テハ被告人ニ取ツテモ幸テアツタト云ハネハナラナイ。

(五)悔悟シテ居ルコト。

被告人モ現場ニ於テ田中国蔵ニ発見セラレ、一時ハ逮捕ヲ脱ルル為メ逃走ヲ試ミタカ之ハ人情ノ常テアツテ格別ニ咎ムヘキテハナイト思フ

被告人モ自責スルトコロカアツタノテ自己ノ体力ニ相当スル大ノ抵抗ヲシナカツタノテアル。

被告人ハ現在本件ヲ十分悔悟シテ居ル。

(六)良キ身元引受人、将来ノヨキ監督者アルコト。

雇ヒ主タル弓削建設株式会社社長弓削勝実ハ自ラ被告人ヲ警察署ヨリ引キ取リ、将来手元ニ置イテ十分監督シ立派ナ運転手ニ育テルト申シテ居ル、被告人モ亦現在同会社ニ真面目ニ勤務シ信用ヲ得テ居ル。

被告人ハ自動車運転手トシテノ技術モ優秀テアル。

実父ハ引揚者テアルカ本人ノ現在及将来ヲ甚タ心配シ十分ノ注意ヲナスコトヲ申シテ居ル。

(七)再犯ノ虞ナキコト。

前述ノ犯罪ノ動機、悔悟、身元引受等の事実ニ照シ、将来再ヒ本件ノ如キ謬ヲ犯スコトカナイト信スル。

以上ノ諸事実ハ原審公判調書、被疑者荒田祐仁第一回供述調書ニ依リ明カテアルカ此等諸点ニ照シ本件ハ刑ノ執行猶予ヲ言渡スヘキ情状アルモノト信スル。

第一審ノ検察官モ此等ノ状況ヲ賢察ノ上特ニ不拘束ノ儘起訴セラレタルモノト思フ。

原審カ刑ノ執行猶予ヲ為サナカツタノハ結局刑ノ量定不当ナルモノニ該当スルカラ此ノ点ニ於テモ原判決ハ破棄セラルヘキモノト思料スル。

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